家庭用医療機器メーカーの営業マンの体験話。 | 営業マンの体験談

家庭用医療機器メーカーの営業マンの体験話。

営業マンの体験談

家庭用医療機器メーカーの営業マンの体験話。

家庭用医療機器メーカーの営業を6年勤めました。全国各地を3〜4ヶ月の周期でまわり、その期間は週1回の休みで東京に戻って来てから、代休を消化(約1ヶ月)する働き方でした。年収は、賞与が歩合で、出張中は月給は30万弱でした。売り上げによっては年収1000万超える人もいました。

就職したきっかけは全国各地をまわれて楽しそうというのと、あとはオンオフがはっきりしていて休みが長期でとれるところに魅力を感じたというのが正直なところで、決して医療機器に興味があったというわけではありませんでした。
ただ、やっていくうちに負けず嫌いな性格もあり、成功したいと売れたいと思うようになっていきました。

営業スタイルは、ショッピングセンターや百貨店にて無料でPRを行い、製品の良さを知ってもらい販売していくやり方です。なので、ショッピングセンターでPRを始める1週間前に現地入りして、近隣の企業、お店、飲食店、民家…片っ端かは飛び込みで挨拶に行き、来店を促していきます。PR開始してからは、ショッピングセンターに来たお客様に声かけして体験を促します。ご来店したお客様には、しっかり説明を行なって、リピートしていただくという内容です。あとは毎日、効果を実感していただいてとにかく続けて来てもらう!続けるうちに、製品の良さが伝わり、ほしい方が出てきて、その方に販売していくという営業スタイルでした。1台100万以上する高額なものなので、決して押し売りはありませんでした。とても、親切な営業だったと思います。

ただ、仕事が楽だったかというとそんなことはなく、結構ハードです。断られることの方が多いし、それなりに結果を出すのも努力なしでは無理です。成績がものを言うので、売れないと肩身が狭かったり、売れてる人の発言が優遇されるというところはザ・営業会社という感じでした。私自身、売れるまでの2年間はしんどかったです。先輩に話し方が全然ダメ、そんなんじゃ売れないよと言われたり、結構悔しい思いもたくさんしました。この人に勝ちたい!と悔しすぎて思ったこともたくさんあります。1年目の出張の時は、連日先輩に怒られまくり、結構人格否定な言葉も浴びて、泣きながら帰りました。するとなんと、その日の夜中寝ていたら急に腰のあたりに激痛が襲ってきて、死ぬんじゃないかと思う激痛でした。歩けない痛みで、すぐホテルのフロントに電話して、救急車を呼んでもらいました。病院で座薬を入れてもらってようやく痛みがおさまりましたがあれ程の痛みは後にも先にも経験ありません(笑)診断結果は尿路結石でした。若干、23歳にして尿路結石。ストレスって恐いですね。

そんなこともあり、負けず嫌いな私は悔しくてめちゃくちゃ努力しました。受験勉強並みに知識を入れたり、営業の勉強をしたりしました。その甲斐あって、ようやく3年目からは結果が出るようになり、会社の居心地も一気に変わりました。あ、売れたらこんなに扱いが違うんだと思った瞬間でした。とにかく頑張って良かったです。その後は、ちょっとしたわがまま(海外旅行行きたいから休みがほしい)などを言っても許してもらえたり。

結果、営業は数字が全てなんだと思います。結果出したら誰も文句を言わない。才能ではないです。ただ、努力するかしないか。私より素質ある人は山ほどいました。もともと話すのが上手い、営業マンっぽいキャラクターの人、パフォーマーの人。でも、それはあまり関係ないと思います。素質があっても努力しなければ、売れない。少なくとも、私の勤めた会社はそうでした。
諦めない、一生懸命やる、売れてる人に何をしたか聞く。
基本的かもしれませんが、その辺をしっかりやれば結果はついてくるはずです。

今、苦しんでる方もその苦しさは永遠には続かないから、売れたいと少しでも思うなら頑張ってほしいです。