前回に引き続き「障がい者のための自立支援施設=グループホーム」の事業を行なうOTR株式会社・今野氏にお話をうかがいました。
「仕事がキツい」「時間が取られる」「儲からない」など、「福祉事業」に対する世の中のイメージには、ネガティブなものも少なくありません。しかし、今野氏が行なう事業は、そのイメージを払しょくする「自己犠牲を前提としない社会貢献」としての福祉事業。その中身とは……。
※インタビュー 2019年8月
今野洋
2003年、新卒で不動産系ブラック企業に入社。毎日300件の飛び込み電話を富裕層にひたすら掛け続ける。2007年、生命保険業界に飛び込み、生保の訪問販売にチャレンジ。苦しみの末1年後に月間売上500%アップ、業界平均の約4倍を達成。2008年、キーストーンフィナンシャル株式会社(現しごとのプロ出版)の創業に参画。IT素人ながらパソコンスクールで学生に混じって学びながらネット販売に挑戦。現在までの累計売上は10億円に迫る。現在、プロデュース業の他、福祉事業の分野でも活躍中。
──そもそも今野さんが障がい者の共同生活援助事業、いわゆる「グループホーム事業」の運営に乗り出したきっかけは何だったんですか?
今野 直接的なきっかけは、私のビジネスパートナーの方がグループホーム事業に参入していて、その状況を見て魅力的に感じた、ということですね。
──それ以前には福祉との関わりはなかったのですか?
今野 私自身と福祉の関わりでいえば、実は、私は両親が福祉の仕事をしていたんです。私が物心つくころから常に共働き。私たち三人兄弟はみんな〝鍵っ子〟です。父も母も、自分の子どもと接する時間は少なく、他人様の子どものお世話をしている……という図式ですね。これって、子どもの私はちょっとさみしい思いをしたものです。でも両親は頑張って働いている。子ども三人を育てるには、共働きで昼夜働いていないといけない、という状況でしたね。
──「自己犠牲」的なイメージがありますね。
今野 「卵が先か、ニワトリが先か」という感じですが、社会福祉の仕事というのは、仮に自己犠牲を前提として働いていたとしても、将来的には安定して、経済的にも恵まれる環境がいずれは訪れると思うんです。でもそれには時間がかかる。そのなかでかなりのものを犠牲にしなければならない、という感じですね。私が30を過ぎて結婚したころのことですしたかね、一緒に酒を飲んでいた父が、ふと「とりあえず母さんには感謝しておけよ」なんてことを言ったんです。「俺の給料は全部お前たちの学費に回した。その他の生活費はみんな母さんの稼ぎなんだぞ」って(笑)。まあ、そうやって苦労をしてきたわけです。
──でもビジネスパートナーの方の福祉事業は違った、と?
今野 ビジネスパートナーを見ると、そうした苦労は感じさせない。経済的な豊かさも時間的な豊かさもある。「この差は何なんだろうな」……って、強く関心を持ったんです。私の両親は幸い長いこと福祉の仕事を継続してこれたので、今では経済的にも時間的にも豊かだといえるかもしれません。でも、誰もが数十年も頑張れるわけではありませんからね。
──その事業……今野さんが行なっている福祉事業は他とは違う特別なことをやっているから「自己犠牲を前提としない」、つまり「ちゃんと収益が挙がる」ということですか?
今野 法律に定められている範囲内なので、やっていることは基本的に他の同業者と一緒なんですが、特徴があるとすれば、365日夜間の支援も行なっている、ということですね。そこはビジネスのポイントとしても大きなところです。
──先ほどのご両親の話でもあったように、福祉の仕事は「昼夜問わず働いて、時間が取られる」というイメージがあります。それから「肉体的、精神的に疲れる」ということも想像してしまいますが、今野さんの行なっている事業はいかがでしょう?
今野 働く人それぞれの立場ごとの見方はありますが、経営者の視点からすれば、月に1回スタッフを集めてミーティングをすることと、経営管理……お金の回りを管理するということが主な仕事ですから、経営者にとっては、時間の自由もあるし、肉体的、精神的に疲れることもない。
現場の視点でいえば、365日人を配置しているとはいえ、一人の人がすべてを負担するということはありませんから。ちなみにうちは30人ほどのスタッフがいますが、分担して仕事をしています。それからイメージでいえば「福祉の仕事というのは給料が低い」というものもあるかと思いますが、収益がしっかり挙がっていれば賃金も高い。スタッフにとってもいい環境だと自負しています。
──福祉の事業を実践してみて感じたことは?
今野 私がこれまで本業としていたのはインターネットメディアの仕事で、メールや動画という割と仕事相手の顔が見えない「空中戦的な」仕事です。それ以前には保険営業マンとして生身の人間と対面する世界にいましたが、あらためてそちらに戻ってきた感じですね。より〝リアルな〟世界といいますか……。
今、「将来はAIに仕事が奪われる」といった話がよくされていますよね。でもグループホーム事業というのは、人がいないと絶対に成り立たないものです。今後も無くなることはないでしょう。経営者としては、お客様すなわち利用者の方も人、雇うスタッフも人。その他にも関わる人がたくさんいる。あらためて「人と人とのつながり」をテーマとするビジネスの楽しさ、喜びを実感させてもらった事業です。
──グループホーム事業での喜びというと?
今野 たとえばグループホームの利用者の方も、本当は家を出て一人で生活していきたいと思っているものですが、障がい者の方にはさまざまな負担がつきまといます。そんななかで「グループホームに入れた」ということを喜んでくださって、その喜びが自分の喜びにもなります。私は頻繁に現場に足を運ぶことはないのですが、たまに現場に出向くと、利用者の方から「社長、この施設を作ってくれてありがとうございます。自立していけるように、頑張ります」とか「家族からの自立ができてうれしいです」などと言っていただける。この事業をやってよかったと思いますし、まだまだしっかり続けていかなければとも思いますね。
──前回「(グループホームは)まだ全然足りない」というお話がありました。障がい者の方の自立支援ということを考えれば、この事業には他業種からもどんどん参入してきてほしいという考えですか?
今野 そうですね。本当に全然足りないので。この事業のメリットのひとつに、「地方でやりやすい」というものがあります。戸建ての空き家を活用して初期費用を少なく済ませることができるのです。さみしくなった地域に新たなお金の循環を作り、そこには人も集まってくる……働き手も周辺に暮らす方々から募りますので、地域に雇用を作ることができる。経済の循環としてもいい感じです。
また、福祉の世界は人手不足で、若い働き手は大手が抱え込んでしまうというなかなか難しいことがありますが、グループホームに関しては、年齢や性別、体力の有無など関係なく、どんな人でも働ける、ということがあります。私たちのスタッフのメインは60代後半の男性女性。女性のほうが多いですかね。自分の子どもも独立して、ご主人も定年で、自分の時間がある……そんな方が多く来られます。
──過疎地域問題や老後問題にも貢献できるということですね。つまり「自己犠牲を前提としない社会貢献」は、障がい者の方のみならず、多方面への貢献となっているわけですね。
今野 うちのスタッフで一番年配の方が70歳くらいですかね。あるときその方とお話をしたのですが、「もう一度働く機会をありがとう」とおっしゃってくれましたね。こんな若造が社長で嫌だろうな……とも思っていたのですが(笑)。
多方面への貢献によって、ちゃんとそれぞれからの感謝というフィードバックもある。それは本当にうれしいことですね!
【文責:編集部】