平成30年度の税制改正で大きく変更された「事業承継税制」。会社の引き継ぎという、あらゆる企業が直面する大問題において、この税制はどう機能するのか? 社長にとってこの税制、何がメリットで何がデメリット、何に注意しなければならないのか? 年間100回以上の講演をこなす「新事業承継税制を教えるプロ」、伊藤俊一税理士に話を聞きました。
聞き手:大坪勇二(しごとのプロ出版代表)
大坪:伊藤先生は講師として大人気の方ですが、去年から今年にかけて一番旬の講演テーマは何ですか?
伊藤:やはり「事業承継税制」ですね。この税制が抜本的に変わりましたから。
大坪:私も今50代半ば。事業承継はホント他人事ではないんですよね。今日は事業承継というものを中小企業のオーナー社長の立場からインタビューさせていただきます。
正直、細かいところはわからないのですが……この新しい事業承継税制、中小企業(の社長)にとっては「チャンス」だと捉えていいんですよね?
伊藤:そうですね。簡単に言ってしまえば、今回の新しい事業承継税制によって、自社株式の評価額が0円になる。相続税の課税財産に入らないということになりますから、それはやっぱり税制が新たになったことがチャンスだと思いますね。
大坪:ただ、「事業承継」というのは、税制というか、税金だけが問題という話じゃないですよね。事業承継を受ける側にとっては、いろんな資金の問題、組織の問題、当然ながら家族同士の人間関係なんてこともあると思うんですけども……。
伊藤:そうですね。
大坪:実は以前、僕が保険営業をやってた頃のクライアントさんに、年商7億円くらいのソフトウェア会社の創業者であるオーナー社長さんがいて、その人から「会社を継がないか」と言われたことがあっったんです。その時はもう、思いもかけないことを言っていただいて「お? え? 嬉しい!」なんて状態だったんですけども、その後よくよく話を聞いてみると「え? 事業承継って、思ったより大変だな、デメリットもたくさんで、あまり良いことないな」と痛感したことがありました。
伊藤:(笑)そうですね、はい。
大坪:細かい数字はさておき、たとえば現株主の皆さんからいろんな注文を受けつつ、現社員さん……高齢化していく社員さんの面倒を見て、自分の個人の収入は全然取れなくて、全部それを株式の購入資金として、オーナーさんに渡す……「事業承継って受ける側って、思ったほど得じゃないんだな」と。
伊藤:うん。
大坪:たぶん日本中で行われている事業承継も、大なり小なりこういう状況があるんだなってことが、当事者として分かった体験があったんです。
伊藤:なるほど。
大坪:というわけで、今度は僕の今経営する会社の話になりますが(笑)。
……うちには息子がいるんですけど、その息子が今のこの会社を継ぐイメージ、どうしても湧かないわけですよ。たぶん、そういうような社長さんって多いと思うんですけど、そこで「じゃあどうしたらいいか?」って。まだ僕はとりあえず元気なんですけど、事業承継の時はいつか来るわけで……。
伊藤:そうですね。まず今回事業承継税制が変わったので、「事業承継をする」という意志を確認したら、事業承継税制の特例を受けるために「特例承継計画」というものを最初に提出しなければなりません。まずこれを提出することをお勧めしますね。
大坪:なるほど。
伊藤:その提出期限が2023年3月31日までです。提出しても、その後、株を贈与するなり、相続するなりっていうことは別に必ずしなくてもいい。絶対にしなきゃいけないって話じゃないので、とりあえず提出することだけはお勧めしておきますね。
大坪:なるほど。ちなみに、今僕は自分の事業会社をそのまま100%の株主として公式にシェアしてるんですけど、その形式のままで、その計画書を出してもいいものですか? それとも、そこ考えるべきですか。
伊藤:これはいろいろ、たとえば税理士の先生によっても見解が分かれるところですが……。
大坪:たとえば本体会社の評価を下げて……とか?
伊藤:僕としては、持ち株会社を何かしらの方法で創って、その持ち株会社に事業承継税制を適用した方がいいんじゃないかと思いますね、本体会社に適用するよりも。
細かい話ははしょりますけど、「納税猶予額」っていうものを圧縮できる可能性がありますし、持ち株会社を頂点とするグループ会社っていうのがいくつかできて、グループ経営もしやすくなります。やはり持ち株会社に事業承継税制を適用するっていう形にした方がきれいに進むんじゃないかと思っています。
大坪:でも考えてみたら、そもそも受ける側が資金を外に用意しなければいけないっていうのは、ある意味大変な話ですよね。これは大きなデメリットだ。
伊藤:そうです。従来型の自社株対策スキームっていうのは、金融機関主導だったんです。金融機関……たとえば銀行は貸付の思惑が非常に強くあったので、どうしても金融機関が介入してやらなきゃいけないというのがあったんですけども。
大坪:そうですね、はい。
伊藤:今回の事業承継税制の特例制度で、金融機関の手を借りずとも、顧問の税理士さんだけで、単独で行うこともできるようになった。それが今までの、従来型の自社株対策スキームと大きな違いです。
大坪:経営者にとっても、事業承継者にとっても、それは非常に大きなメリットですよね。
伊藤:今まではたぶん、金融機関の人たちがいきなりズカズカやって来て……。
大坪:ズカズカ、ね(笑)
伊藤:銀行が提案書を持ってくる……なんてことがあったんですけど、今はそういったものに対して「あなたから借りて、会社後継者に重い借金背負わせるぐらいだったら、事業承継税制使うからいいよ」と言える。で、「事業承継税制で、取りあえず私の代から息子の代までは税金かからないから」と、税理士さんだけでこなせるようになったのでね。これは素晴らしい改正だったと思いますね。
大坪:そうですね。税制・税金の手前にある「資金」という大きな問題も解決する可能性があるということなんですよね。
伊藤:そうです。事業承継の問題は、詰まるところ資本政策の問題なので。資金をどういうふうにグループ内外で回していくか……これが重要な話だったんですね。ただ、内部留保ががっちりある会社に関していうと、別にそれは問題ではなかった。資金力がある会社は、解決方法はいくらでもあったわけですよね。でも今回は、資金力のない会社にとっても、事業承継税制っていうものを使えば、資金に関するリスクを回避できるようになったとことですね。
大坪:今回の事業承継税制というのは、特例制度なんですよね。
伊藤:あくまでも特例制度。10年間の時限立法です。これがそのまま延長されるかどうかっていうのは、現時点では誰も分かりません。誰も分からないので、その税制改正リスクですよね、そこは怖いところだなというふうに思いますね。
大坪:少なくとも今回の特例に関しては、事業承継に関するメリットを享受できるわけですよね?
伊藤:平たく言うとそういうことになりますね。一代目から二代目、現オーナーから後継者に対しては、先ほども申し上げた「特例承継計画」っていうものを1本出しておけばいい。贈与税納税はないし、相続税の納税猶予っていうのを出しておけば、メリットは享受できると思いますね。
大坪:問題は次ということですか?
伊藤:そうです。この特例制度では、自社株式に関しては相続財産に含まれない、免税だったんですけど、それが、従来型の制度に戻っちゃう可能性がある。従来型の制度っていうのは、発行済株式総数の2/3までで、納税猶予割合が80%なので、1/3の80%の約53%部分については、納税しなきゃいけない。
大坪:なるほどね。
伊藤:あくまでも自社株式に関してですが、そのへんがちょっと大変になってくる可能性があります。
大坪:その後の税制がどうなるかっていうのは、正直、今は読めないんですよね。
伊藤:まったく分からないです。
大坪:どんな税制になるかわからない……じゃあ、最悪のケースを考えたら、納税資金とかも貯めておくにこしたことはないということですか?
伊藤:おっしゃる通りです。万が一の打ち切りに備えて、納税猶予額を、もし納税猶予が確定、事業承継税制を適用するって決めたら、納税猶予額っていうのが、町の税理士さんでもちゃんと算定してくれますから。それに関しては、資金を内部留保しておいて、いつでも打ち切り事由に耐えれるようにしておく。打ち切り事由とか、税制改正リスクに対応できるようにしてかなきゃいけないと、いうところですね。
大坪:今回の事業承継税制は、事業承継が円滑に進まないと日本経済を底支えする中小企業がピンチだということが前提にあるわけですね。
伊藤:その通りです。「中小企業の経営者の高齢化が進んでいるけれども、事業承継問題が上手くいってない」っていう現況は、もうずっと言われ続けてきたんですよね。それになんとか手を打ちたいという形で、中小企業庁が音頭を取ってやっているものです。国税庁としては、後よりな感じで。後に追いつく感じでやってるんですよ。「税制」と名はついていますけども、資本政策的な部分が非常に強い面があります。
大坪:まさに日本の未来を左右する問題ですもんね。今回はどうもありがとうございました。
◆伊藤俊一プロフィール
伊藤俊一税理士事務所代表
都内会計事務所にて法人、個人様の決算・申告、節税対策・税務調査対応、相続税申告を経験。更に、都内コンサルティング会社にて某メガバンク本店案件に係る、事業再生、事業承継、資本政策、相続税等のあらゆる税分野を経験。特に、事業承継・少数株主からの株式集約(中小企業の資本政策)・相続税・地主様の土地有効活用コンサルティングは勤務時代から通算すると数百件のスキーム立案実行を経験、御相談件数は3,000件(税理士・ 公認会計士・弁護士・司法書士等からの相談業務)を超えており、豊富な経験と実績を有する。
1964年 長崎県生まれ
九州大学卒
コンテンツプロデューサー
「稼ぐプロを作るプロ」
大企業新日鉄の経理マンに飽き、ソニー生命の歩合営業マンに転身するも2年間ダメで貯金が底をつき、身重の妻と月11万円の住宅ローンを抱えて、手取り月収が1,655円とドン底の時にやる気スイッチオン。
6ヶ月間の「大量行動」で富裕層とのパイプが開け法人超大型契約で手取り月収が1,850万円に。現役11年間で累計323億円の金融商品を一人で販売。
その後、「社会の問題を、仕事のプロを育てることで解決する」をモットーに出版社を設立。現在に至る。障がい者福祉事業、複数の社団法人オーナーでもある。
著書に『手取り1655円が1850万円になった営業マンが明かす月収1万倍仕事術』(ダイヤモンド社)『月収1850万円を稼いだ勉強法 ~伝説の営業マンはどう学び何を実践したのか~』(祥伝社)などがある。