“会社で目標だった営業利益を達成できた!”
“経営している会社の1部上場が決まった!”
“育ててきた部下が順調に成長し会社を任せられるようになった!”
「しかし、ずっと掲げてきた目標をクリアした今、次はどんな目標を立てたら良いのだろう…」そう悩んでいる方はおられませんでしょうか。
コーチング用語では、目標を掲げることを“ゴール設定する”と言います。今回は、相談に訪れたSさんの例を元に“ゴール設定”にまつわるお話をご紹介します。
私の元に相談に訪れた男性は、もうすぐ63歳を迎える会社の社長Sさん。
社長Sさん:「私は今の会社に勤めて40年以上、この道一筋でやってきました。創業当時は10人にも満たない小さな会社でしたが、今ではグループ会社を含めると500人ほどの従業員を抱えるまでに成長。数年前からは世代交代を考慮して次期社長も育てています。いつ引退しても大丈夫なようにしているのですが、そこでふと心配な要素が出てきたんです」
コーチ:「それはどういった心配事でしょうか?」
社長Sさん:「自分の価値は会社そのものだと思ってきました。だからこれまで苦しい時も自分のためと思い、力を尽くしてこられたんです。ただ、社長から一歩退いたとき、次の一歩をどうしたらいいのか考えると、急に不安が襲ってきたんです。このままただ老いていくだけではないのかと」
コーチ:「今の会社の会長になられるということは考えていないのでしょうか?」
社長Sさん:「それも1つの選択肢としてはあると思っています。でも、会社の若手を見ていると皆とてもキラキラして見えるんです。若さなのか希望なのか、今の私にはないものを持っているようでキラキラして見える。会長という立場は、第一線で引っ張っていくわけではないですから、現段階では潔く会社からは身を引きたいな、と考えているかな」
Sさんは、40年以上仕事一筋で、会社に身を捧げてきました。その結果、会社は一部上場するまでに急成長。これまでは会社の成長がSさんのゴール設定でした。ゴール達成に向かって日々励んでいる若者を見て、Sさんは同じように若々しくチャレンジしたいと考えるようになったのだと思われます。そして、そのためには新しいゴール設定が必要なのです。
ゴールとは人生の目標や生きる目的のことですが、ゴールを達成してしまった人がゴールを再設定しなかった場合、「その後の人生の寿命はおよそ1年半」というアメリカの政府機関が行った統計もあります。ゴールという生きる目的を無くしてしまった途端に生きる意味を見失ってしまったためだと推測されています。それほどリタイヤ後のゴール設定は大切なことです。最初の壁としてよく聞かれるのが燃え尽き症候群のように「もう何をゴールにすればいいか、よく分からない。」というものです。しかしそれでも構いません。まず重要なのは、「“ゴールを決める”と決めること」が大切だという認識です。
コーチ:「それでは、Sさんは次のセカンドライフにおける“ゴール設定”が必要になります。これから何かされたいことなどありませんでしょうか?」
社長Sさん:「文字通り、会社一筋であったために趣味を持つ時間もなく、やりたいことがすぐに出てこないのです」
コーチ:「なるほど。では、日常で何かこだわっていることなどはないですか?」
社長Sさん:「(少し考えて)…そうですね、健康のことを考えて食には気を使っています。こう見えて無農薬の野菜を食べるようにしています。あとは仕事でよく使うスーツにもこだわりがあります」
コーチ:「良いですね。食や服に関して知識や興味がおありであれば、その方向でゴール設定されてみてはいかがでしょうか?」
社長Sさん:「うーん…食では無農薬を食べ続けて長生きするくらいかなぁ。会社に行かないわけだからスーツは着ないわけだし。いまいちしっくり来ない。果たしてどのようなゴール設定があるのだろうか。」
コーチ:「“ゴール設定”は基本的に現状の外に設定する必要があります。現状というのは、現在のままの状態でやってくる未来を含みます。Sさんが今おっしゃった無農薬を食べ続けて長生きするというゴール設定は現状の中でのゴール設定になるので、過去にとらわれずに現状の外にゴール設定をすることが大切なんです」
社長Sさん:「なるほど、現状の外だとすると、どういったゴール設定が必要なんだろうか…」
Sさんは、その後しばらく考え、結局その日はゴール設定はせずにセッションは終了となりました。さて、でも何故コーチは執拗に「現状の外側のゴールが大事」と言うのでしょうか?
私たちはゴール設定というと、ついつい、なるべく達成できそうなものを設定します。
現状に近いもの(現状の内側)になりがちです。人間のマインドというのは、自分の思い描いている世界と現状のコンフォード・ゾーンの現実世界との間にギャップがあった場合に、大きなエネルギーを生みだし、ギャップを埋めようと働きます。
逆に言うと、ギャップがなければマインドは大きなエネルギーを出さないのです。
コーチングではこのカラクリを利用します。
あえて、このギャップを大きくして、マインドに大きなエネルギーを出してもらおうと働きかけるわけです。
そこで、ゴールを現状のままでは達成しえないものに設定し、その世界を自分のコンフォート・ゾーンとします。つまり、目の前の現実世界とのギャップをなるべく大きくすることで、マインドにエネルギーを出させ、それを成長や変化の原動力とするのです。
その数日後、Sさんから「ゴール設定することができました」と連絡がありました。
Sさんと同世代の方たちは、仕事を引退すると本当にスーツを着る機会がなくなるとのことで、その着なくなったスーツをリサイクルして次の世代に残すプロジェクト。
また、並行してそんなスーツを恋しく思うシニアが普段でも着られるようなカジュアルなスーツを作りたいともおっしゃっていました。
この2つのゴール設定は、どちらもが社長時代の現状では設定できなかった現状の外でのゴール設定です。
ゴール設定の話をされているSさんはとてもキラキラして見え、本当に“want to”(願望)なゴール設定をされたように感じました。
コーチである私がSさんのゴール設定をすることはできません。
なぜならそれは「~したい」という“want to”(願望)ではなく「~しなければならない」という“have to”(強制)になってしまうからです。
Sさんが自ら“want to”(願望)であるゴール設定が必要になります。
今回は、ゴール設定に悩んだ方が次のゴール設定をするまでの一連の流れを例としてご紹介しました。
何か目標を達成し、次のゴール設定に悩まれた方は、現状の外にゴール設定することと、“want to”(願望)であること。
この2つの注意点を考慮してゴール設定を行ってみてください。
【文責:編集部】