不動産売買の仲介の営業職をしていた時のこと。ご購入を検討しているお客様に物件のご案内をする際は、車でお客様を乗せて運転するのが通常です。私は大学生の時に郊外の免許合宿で2週間で免許を取得しました。田舎だったため、単線の道路で2路線以上の道路や高速道路も経験が無いままのペーパードライバー状態でした。新卒で会社に入って上司の課長にも付き合ってもらって車の練習をしましたが、基本的に運転が下手でそのうえ、不動産会社なので行った事の無い物件にも地図を片手に見ながら運転出来るようにならなければいけませんが、地図を読むのが苦手なうえに運転も出来ない不動産業界に向いていない営業でした。
そんな私でしたが、下町だったこともありラッキーなことにお客様から可愛がってもらい、車の運転なしで、徒歩圏内の物件を案内して購入して頂いたり、ご売却の物件を任せてもらえたりしたので、営業成績は何とか達成していました。
そんなある日、遂に所長から「このお客様はお前に向いていると思うから、担当はお前に任せたいと思う」と言って協力会社のお客様の担当につけてくれました。ご夫婦とお子様1人のお客様で近場で住宅をお探しされているとのことでした。面談すると気さくな方でとても感じがよく話しやすい方でした。1週間から2週間に一回のペースで物件を紹介して案内するという週末を送っていました。大抵は2から3ヶ月で物件のご購入を決めて下さるお客様が多いのですが、こちらのお客様は中々、気に入った物件をご紹介することが出来ずに「いつも、一生懸命ご案内してくださるのに、ごめんなさいね」と言われました。私は、このご家族が好きで何とかご家族が気に入って下さる物件をご紹介したいと思い、再度どんな条件を望まれているかゆっくりお話をしました。
その結果、当初は近場で住宅を探したいと思っていましたが、実家の新潟のほうで住む話が出ていてまだ、煮え切らないという話でした。それならば、一度新潟の物件も見に行かれて再度検討してみたらどうかと提案したところ、「ここまでやってくださっているなら、新潟もあなたから紹介してもらい購入したい」と言ってくださり、上長に相談したところ、新潟でも物価が高い地域で利益が見込めるので案内していいとのことでした。
しかし、問題は片道3時間を車で行って、ご案内しなければいけないということでした。お客様を乗せての長距離ドライブ、私にとって試練でした。当日まで、課長に運転の練習に付き合ってもらい、これなら大丈夫だということで、いざ出発です。やはり、お客様を乗せていると緊張感が違うのと、お話しながらの運転に難しさを感じました。タクシーの運転手さんはすごいなと改めて思いました。
まず、1回目のしくじりはお客様とお話をしているので前方に集中がいかずに、「Yさん(私の名前)、信号赤です!」とお客様から言われました。実は運転に慣れていないことを正直にお話しすると、「大丈夫だから、運転に集中していいですよ」とおっしゃってくださいました。きっとお客様も怖かったでしょう。
そして、慣れない高速道路の分岐点に来た時です。「方向は右じゃないかな」「えっ、左じゃない?」とご夫婦がお話していて、私はその度に右にいったり、左にいったりで、最終的になぜか中央分離帯の真ん中につっこみそうになった時に「やめてー!!!!!」という悲鳴と「とりあえず、右に言って下さい!!!」という絶叫を聞き、間一髪ブレーキを踏んでぶつかりませんでした。よくある、ドラマのはぁはぁとの息遣いと「死ぬかと思った」のお客様の声にやってしまったと冷や汗が止まりませんでした。
「本当に申し訳ありません」と謝り、再度出発。変な空気が車に流れます。何とか、目的地について物件をご案内しました。すると、「Yさん、この物件に決めたよ。なんせ、もう、死のドライブの案内は二度と受けたくないからね」と笑って言われた後、「今まで、一生懸命案内してくれてありがとう。あなただから、購入したいと思ったんだよ」とおっしゃってくれました。交通事故にあいそうになり、クレームになってもおかしくないほどの事件をおかした後のこのありがたいお言葉は本当に嬉しかったです。そして、会社には内緒ですが、帰り道はお客様の旦那様が運転して頂きました。無事に帰ってこられて成約になってよかったです。
その後も車ネタでは、ボンネットを壁にこすってあけたり、エアバックを出したりと数々の失敗をして、運転中止にしばらく本社から通達されたことがあります。しかし、不動産業界で運転が出来ないということは致命的ですが、何か違うところで頑張って努力すればその欠点を補えると身をもって思っています。