私が社会人として初めて勤めた会社での話です。
マンガかドラマのようでウソのような体験談ですが、ホントに実体験ですからね。
会社は販売業で、
1つ百円単位の部品から、何千万単位の工作機械までを取り扱う会社で、
主としては鉄工所さんなどがお取引の会社でした。
私の実家が、関連するような商売を営んでおり、近い将来は後を継ぐというつもりでしたので
修行の場として選んだ会社でした。
入社したての時は、いきなり営業としての仕事ではなく、
社内業務や配達、営業マンのアシスタント業務などを行いました。
同僚の中には、アシスタントとして就いた営業マンと馬が合わずに、我慢できずにアッという間に辞めてしまった者もいます。
最も難しい人間関係に悩まされたというやつですね。
私も決して気が合う営業マンのアシスタントでは有りませんでしたが、何とか我慢の毎日を過ごしました。
多少は嫌な思いをしようと、与えられた仕事をきちんとこなせば、それ以上に嫌な思いをする事も有りませんでした。
そんな仕事を経て、いよいよ営業マンとなる訳ですが、勿論肩書など有りません。
名刺には、営業と書いてあるだけです。数年の間、営業マンとして勤めると成績に関係なく、主任という肩書を必ずもらえるという不思議な会社で、会社の中には主任だらけでした。
その次の、課長への昇進には、そこそこのキャリア、成績が必要と成りますが。さて、営業マンになると、私の直属の上司は課長職でした。
いつもニコニコしていて、好印象を抱いていた上司でしたので、内心ホッとしましたが、蓋を開けてみれば甘いものでは有りませんでした。
当然、営業マンとは成績を重ねていくという志を抱いての仕事となる訳で、ただの御用聞きでは駄目だぞと指導を受けました。
大きな仕事も大事だけど、まずは小さな仕事を確実に頑張れ
と言われ、やる気満々のスタートとなりました。
一か月の給料は、20年程前で、手取りで17万円程で、ボーナスを合わせると年収にしておよそ250万円ほどでした。
やっと営業マンになったのですから、一旗揚げて昇給をと毎朝9時から18時頃まで営業をし、会社に戻ると日報を書いたり残務をすると19時頃には仕事を終える感じで、実働8時間で、特に残業も有りませんでした。
ですから、日中の営業時間が勝負でした。
基本的に営業は、直属の上司の担当エリアを二人で分けて回るというパターンで、
勿論、大手の取引先は上司が担当し、
私は個人で細々と営んでおられるような鉄工所などを回るという感じでした。
私は経験を積むうちに、60代の社長が一人で営む鉄工所に重点を置き通うようになりました。
社長は私をとても可愛がって下さいました。
かなり使い込んで何となく調子の悪そうな機械で仕事をする社長の姿を見て、これは頑張れば機械の入れ替えも有るぞという予感と期待を持ち始めました。
上司は、
あんなところ必死に回っても無駄だぞ
と言いましたが、私はとにかく足を運びました。
そんなある日の朝、営業に出掛ける準備をしていると、珍しく社長から私に電話が入り、ちょっと大事な話をしたいから、ゆっくりと時間をとって来てくれないかとの事。
私の胸の鼓動は高鳴るばかりで、機械の話だと信じられずにはいられませんでした。
早速、社長のもとへ行くと、そこには一枚のカタログが!
予想通りに社長は機械の購入を考えて下さったのです。
その時に社長が私に掛けてくれた言葉は忘れられません。
以前の担当者は大きい取引先ばかり回って、うちみたいな所には月に一度顔を見せればマシな方で、あとは集金の時しか来た事が無い。
でも君は頻繁に顔を見せてくれて、聞きたくもない年寄りの話にも笑顔で付き合ってくれて、孫のようやと。
そして、少し前から機械の入れ替えを考えてはいたのだが、君からなら買いたいと決断出来たから頼んだぞ!
私は嬉しくて泣いてしまい、社長までもらい泣きしていました。
その機械は約800万円の工作機械で、
上司に報告すると、異常なほどに驚きました。
私は心の中で、ガッツポーズをしました。
そして、マンガのような話はスタートするのです。
何と上司は、私が作った見積書のチェックをすると、
ここがダメだとか、ここはまだ値引きが可能だ
とか言い始め、手直しするからと言ったのです。
上司が最良の見積書に修正をしてくれるのならと任せると、
仕上がった見積書の担当印には、
何と!
上司の印鑑が押してあったのです。
最終的な見積書は俺が仕上げたのだから
という滅茶苦茶な発想には、怒りを通り越して呆れてしまいました。
組織ってこんなものかと絶望しながら、機械の納品の日を迎えました。
納品には上司と共に立ち会いました。上司は誇らしげに納品作業を見張っていました。
私は、悔し涙を堪えながら、クレーンで運び込まれる光輝く機械をただ眺めており、
無事に工場に設置されると、社長も嬉しそうな顔をして、こちらに歩み寄ってきました。
上司が満足げに、社長この度は本当にありがとうございました!と言うと、
社長は、
いやいや、君は立派な部下を持てて良かったな。
でも、勘違いするなよ。この機械は君じゃなく、彼から買ったんだから!
と普段は見た事のないような厳しい顔で上司に言い放ったのです。
そして、いつもの優しい笑顔で改めて私に、ありがとうな、頑張った甲斐があったな!と言って下さったのです。
その時の喜びと達成感は今でも鮮明に覚えています。夏の暑い青空の日の事でした。
結果、当然の事ですが、機械の受注者は上司では無く、私となりました。
マンガやドラマに出てきそうな有りがちなシーンですが、本当の話です。
しかし、ここからマンガは続きます。
800万円の機械を苦労して販売する事が出来たわけですが、
楽しみにした給料は全く変わっていませんでした。
キツネにつままれたような気持ちの私は、一気に腑抜けになり、やり甲斐も失せ、将来への希望も持てないと判断し、潔く辞表を提出しました。
機械を買って下さった社長に報告に行き、申し訳ありません、と言うと、
何にも謝る必要なんて無いぞ。またいつでも遊びに来てくれな!
と言って下さり、工場の片隅に置いてあった缶コーヒーを1ケース、
ほれ、餞別や
と手渡して下さったのです。
清々しい気分で、変な会社ときれいさっぱり、おさらばしました。