私が26歳で兵庫県のデパ地下の販売員をしていた時のことです。百貨店にはエレベーターホールから店員食堂までの廊下で保険会社の立ち営業が認められていました。廊下で声をかけて個人情報のアンケートを貰い、本人の承諾がとれると食堂内に入っての話も認められていました。
ある時シフトの関係で他の店よりも遅めに昼食時間となり、一人で食堂へ行こうとしていましたら、国内保険会社の営業マンに声を掛けられました。その男性営業さんは以前から何度か声を掛けてきていて、それまでは他の人と一緒だったり時間がなくて断っていたアンケートも、この人達もノルマがあって、アンケートも取れないと大変だろうし、まあこれくらいならいいか、と思って立ったままで答えることにしたんです。すると立ったままだと疲れるでしょ?お昼の時間もあるんじゃないの?中で座って、ゆっくり書いてくれていいですから、と言ってくれたのでお言葉に甘えてそうすることにしたんです。するとその営業さんは当然みたいな顔でついてきて、一緒に食堂に入ってきてしまいました。私はちょっと驚いたのですが、食堂内は人も少ないから他の人の迷惑になることもないかと思い、黙っていました。
しかし私がお弁当を食べている間、ずっとその営業さんは話しかけてくるのです。知らない人の前で食べにくかったし、質問に答えようとするとあまり食べられず、お腹も空いていたので困りました。この時には「アンケートに答えようとしたのは失敗だった」と思っていました。話の内容も、最初は保険に関することでどうして独身でも死亡保障がいるのか、とか、貯金を保険でするには、とか、おすすめしたいのはバランスの取れた総合保険の一番安いものです、とか中身のある話だったのですが、その内私のお弁当を覗きこんできて「それ自分で作ってるの?」とか「あーあ、僕もお腹すいたなあ」とか言って、一口くれのような目で見てくるのです。かなり不快だったので何も答えないで無言で食べていると、次は彼氏いるの?前から可愛いって思ってたんだよねえ~などとかなり砕けた口調になってきて、それまできっちりと椅子に座っていたのも崩れだしました。
まだアンケートは書いてなかったのですが、名前は制服のついている名札で判りますから、相手は苗字にちゃん付けで呼んでくる始末。本当に困った、と思いながら、もう時間なのでと弁当を切り上げて早めに店に戻ろうかと考えていると、急に手をテーブルの上に出してきてお箸を持っている私の手を握ったのです。私はびっくりして声を失いましたけれど、反射的に手はひっこめました。すると営業マンはニヤニヤと笑って、自分は大手の保険会社の社員だから福利厚生がいいこと、営業成績も悪くないからお給料もそれなりに貰っていることなどを話し始め、「死亡保障も個人年金も大きい額のに入ってるよ~。俺達さ、付き合ってもいいと思わない?」と言ったのです。驚いたままでしたがとても気持ち悪くなって、その時は首を横に振りながらお弁当を片付けました。ハッキリと嫌がっているという素振りを示したのですが相手はニヤニヤしたままで、自分がいかに優良物件かを話すばかりでした。もういきます、というとアンケートに記入してくれてませんよ~などといって私のカバンを奪い取ろうとするので本当に頭に来て、「やめて下さい!」と大きな声で言ったら、腹がたったのかにらみつけてきました。しかし食堂の掃除の年配の女性がこちらを気にしてずっと見てくれていたらしく、寄ってきて「嫌がってるじゃないの、やめなさい」と叱ってくれたのです。私はカバンを取り返して掃除の方に頭を下げ、逃げました。動揺していたので売り場でも様子がおかしいよ、と言われて上司に話し、その保険会社の出入りは禁止になったと後で聞きました。昼食時間は短くなるしお昼ままともに食べられないしで疲れ果ててしまった日でした。
それまでにも保険営業をされる方はその他にもたくさん出会いましたが、その男性営業ほどぶしつけで失礼な人は他にはいませんでした。営業をされる方には、こちらはあくまでも限られた時間を割いているということを忘れないでいて頂きたいです。